令和四年 夏が近づく八十八夜を過ぎて | KURIIWA STYLE

2022/05/03 10:00

 先日のWAH! Radioでは

「旅とジャズ」をテーマに話をした

ニューヨーク・マンハッタンの

ダウンタウンのジャズクラブ

ハーレムのセントニックスクラブ、

ARCクワイアなどなど

細かい話しは聴いてもらうことにして

→  http://www.wahradio.org

 

語りながら考えたのは、そもそも旅って?

 

旅という字の成り立ちを調べると

旗が揺らめいている様子を表す文字と

人々が重なって集まっている様子を表す文字からなる

象形文字とのこと

 

団体旅行の案内の旗はあながち間違いではなく、

だからあえて「ひとり旅」などというのか、

などと思いながら調べた

 

旗そのものは軍旗を表し、

その集団を示し判別するものであった

人々は古来戦うことで土地を増やし、

人々を養い、子孫を増やし

また土地を広げるための「旅」に出てきたのだと思う

属していた集団から「旗」を掲げて「旅」に出て、

また集団を作り、また土地を広げ、

元に属していた集団と戦うことになっても、人は「旅」を続けてきた

 

ひとり旅、ぶらり旅、

なんとも「旅」のイメージとはかけ離れ

今の世の中の旅もまた旅なのだとも思う

 

山里を出て海辺の町にたどり着いた頃に友からもらったCD

BOOMERS STORY1972年ライ・クーダーの作品

邦題は「流れ者の物語」という今でも大切にしている名盤

その中にRally Round The Flag という楽曲がある

さあ、旗のもとに集まろう、自由のための戦いの呼び声を云々と続く

漢字を使わない国でも旗は同じ意味合いを持ち

旅もまた同じ意味合いを持っているのだとつくづく思う

 

人が集まる目印の旗を揺らめかせる「風」という字は

風をはらんで広がった帆を表す象形文字であるとのこと

帆が必要な水上の航行もまた「旅」であり

風が吹かないことには目指し示す場所へは行くことが出来ず、

人力にも限度があり、風がないと「旅」は生まれないし、始まらない

 

前述のライ・クーダーの作品から遡ること約10年の1963

ボブ・ディランが発表したBlowing The Wind の中では

答えは風の中にあると唄っている

 

人は何十年、何百年、何千年と

「旅」を続けているのだと思う

今となっては地に足が着かない

遠い空の先への「旅」と矛先が向いている

歴史は繰り返すというより、

歴史を作っているのは人間で

その人間の長く終わることのない「旅」だと

 

派生は違えど「戦ぐ」という字

風に緩やかに吹かれる

穏やかな様子を表してはいる

 

風に戦ぐひまわりの地で、

それぞれの「旅」に向かわなければいけない人々

行き着いた先の「旗」のしるしに導かれて、

それぞれの地に向かう

それもまた「旅」

 

濁りの点を取り払って冷静に見ても感情が高ぶり、怖れ戦く

そんな世の中とは対照的に何が黄金なのかわからない黄金週間に

旅ということについて考える

黄金に輝くひまわりが咲き誇ることが出来る夏がくることを想いながら

 

戦ぐことなく南の風に強く吹かれた今日

良い旅を、ではなく、道中ご留意を、と友に送った

 

令和四年 夏が近づく八十八夜を過ぎて

栗岩稔