令和四年 樹の花の前で | KURIIWA STYLE

2022/04/12 10:00

鎌倉由比ヶ浜六地蔵の酒場の金曜日

何も言わずに目で挨拶を交わしカウンターに立つ
ラカヴーリンの11の水割りを作り、短めのコイーバに火をつける
灰皿とともに静かに置き、戻りながらのタクシー手配
連れ立つ時はマティーニを1杯目
葉巻を燻らし2杯目のラカヴーリンが終わる頃にタクシー到着
目で挨拶を交わし札を置きカウンターから離れる

そんな無言のやり取り

金曜の夜の酒場の景色

バーテンダーという立場と変な遠慮から何も言わずに海辺の町を去った

10
年後、銀座木挽町路地裏の酒場の木曜日
「やっと見つけましたよ」と扉が開いた
「良いかい、ここ?」と、カウンターの端に腰かける
「まずはマティーニを頂きますよ」
挨拶だけで言葉を失くし姿勢を正したマティーニに
「良い歳を取ったね、あなたは」と三口で飲み干す
「はい、ありがとうございます」と背筋が伸びる
「コイーバで良いですか?同じ銘柄で」
「いや、最近あまりね、小さいのあるかい?」
コイーバのシガリロとともにラカヴーリンの水割りを11.5
「お、良いね、この比率、歳を取ったからね、お互いに」
そんな再会ではじまった木曜の夜の酒場の景色

「これとソーダ割りで、どう?」

ヘレカツサンドを片手の木曜日の午後3
「スコッチは任せますよ、あなたに」
ジョニー・ウォーカー・ダブルブラックの

ソーダ割りとヘレカツサンドに
「旨いね」とひと言

ある夏の木曜日午後4
「そういえば、あなたのジントニックを飲んだことないね、こんな暑い日はね」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
「お、旨いね、ロンドンで飲んだのより、こっちだね」
「ありがとうございます!」
「夏はこれですよ、このバランス、銀座で夏をあと何回か過ごさないといけないしな」

様々な酒で綴られた木曜日の酒場の景色

「これ、あなたに預けますよ」と、

手に収まる形の小さなコップ
昭和14年から終戦前の数年間だけ

金属不足の時期の佃煮用容器「レンカ」
「あれ?同じものを持ってますよ、私も」
「お、流石ですね」と、コップで楽しむラカヴーリンの水割り11.5

書店や図書館で興味を引かれて何気に手に取るその書物
開くとそこにある同じ装幀家の名前に悦に入る昼間の酒番

酒場の振る舞い、文学のこと、本のこと、

紙のこと、文字のこと、骨董品のこと
もちろん、酒のこと、男のこと、女のこと、

たくさんたくさん学んだ

比率違いの10年越しのラカヴーリンの水割り、

良い歳を取ったマティーニ
ヘレカツサンドとスコッチ&ソーダ、

夏の夕暮れジントニック

この人を路地裏まで導いてくれた木挽町の歯科医とハートランドビール
開拓者であり何十年も第一線で活躍した木挽町の装幀家とスコッチ&ソーダ
鎌倉の親父で師でもあるグラフィックデザイナーとブラック・ヴェルベット
カウンター越しに酒を頂く3人だけの男たちがこの世からいなくなった
終戦間際に生まれて昭和を作り平成を生きた格好良い男たち

鎌倉の親父が亡くなった時
「彼は良いときを選んだな、これから先の世の中を見なくて良いんだから」
と、オリンピック前、コロナ前に言っていた

銀座を離れて鎌倉に帰ります、と葉書が届いたあの時以来会うこともなく
今、ユーラシア大陸の侵攻と悲しみ、それに関わる世界の駆け引きと混乱

そんな世の中の痛みを感じることなく逝けたのだろうか
身体の痛みや病は別として、心を痛めることなく逝けたのだろうか

そんなことに想いを馳せながら、今宵はラカヴーリンの水割りを
1
1のあの頃の比率で献杯を

今この場を借りて、ありがとうございます
この場に記したことはご容赦のほどを
誰かにあなたが酒場にいたことを伝え遺しておきたくて

また届けることが出来ないけれど深い感謝の意を込めて

令和四年 樹の花の前で
栗岩稔