令和四年 散る桜、やっぱり好きだ、散る桜 | KURIIWA STYLE

2022/03/29 10:00

散る桜 残る桜も 散る桜

江戸時代に町の人々に愛された良寛和尚、その絶世の句

河津桜に寒桜、緋寒桜に吉野桜

彼岸桜に枝垂桜、染井吉野に八重桜

桜といってもたくさんある

それぞれの記憶に残る桜があるのかもしれない

 

卒業式から入学式へと向かうこの季節

寒い地域の出身者としては

卒業式よりも入学式の染井吉野の印象が強い

江戸の頃の染井村、現在の東京都豊島区駒込あたり

吉野桜と江戸彼岸桜を交配させたこの桜

全国的に広がり遺伝子がほぼ同じということから

桜前線なる季節の便りに春を感じる日本国内の人々

同じ遺伝子ということは江戸時代のクローン技術かと

冷静に考えると少し恐い気がしないでもない

季節の風物詩として愛される、とても良いことだと思う

 

日本から親善だったり友好の証だったりで、ワシントンを初め

世界各地に贈られる染井吉野、海外でいう日本の桜

 

私の桜は実家の庭先にあった大きな八重桜

開花が染井吉野より遅く期間が長い八重桜

強く記憶に刷り込まれている

散る時の濃いピンクの花弁で一面覆われた玄関までの小道

春先の雨で貼り付く花弁など、すべて突然思い出す

 

元来、春のはじまりは嫌いだった

進級するにせよ進学するにせよ

いつも何かひと悶着があり、何か葛藤があり

順風満帆ではなかったからなおのこと、春が苦手だった

今でも浮わついている人に対して

どこか冷ややかな感情を覚える

 

ただ、山歩きをした時の山桜

くすんだ桜色が溶け込むあの景色

今でもあの桜は好きだし、今でも楽しく思い出される

とにかく息を飲むほどに美しかった

 

今、街中で各種の色とりどりの桜を見ると恥ずかしくなる

大きな大きな富士の裾野から真正面で見た時のように、恥ずかしい

 

桜の美しさ、それは人それぞれに感じるところがあると思う

例えば、数年前の映画「ラストサムライ」

内容については、どうも編集箇所が気にかかる部分が多く

解せないことも多い、という個人的見解はさておき

ラストシーンから10分ほど前のクライマックス

渡辺謙さん演じる勝元益次が戦に敗れ自刃する場面

その生命の最期に目にする桜吹雪にひと言

「完璧じゃ」と息絶える

 

何年もその「完璧」については理解に苦しんだが、判ったつもりでいた

完璧な美などなかなか目にすることはないし

もしも死を目前にした瞬間に感じられるのだとしたら

当然まだわからない、もう少し先までわからない

わかるとしたならば

 

50をだいぶ過ぎたこの春、思うことがあった

あと何回の春を数えられるのかと

数えることが出来る年齢にようやくたどり着いたと

その時に少しだけ気がついた

散るから美しいもの、なのだと

 

子供の頃に愛読していた「良寛さん」

その人の言葉に答えがあった

「散る桜 残る桜も 散る桜」

どんなに美しく咲いていても散る桜

咲き残っていても必ず散り行く桜

そこに、儚き美しさかあるのだと

 

思い悩み、迷走していた中学時代

教科書に書き連ねていた「一期一会」

英語訳とともに「ONCE IN A WHILE

改めて思い出されるあの頃に想像していた今か否か

果たしてどうだっか今となってはわからないものの

こうして生きている

いつかは散り行くとしても、美しいかどうかは別として

 

今でもこうして生きていられることを認めたい

だいぶ時間がかかりすぎ、かもしれないが

 

そろそろ、世間一般のはじまりがある4月になる

入学する人、進級する人、新しい場にいる人、立ち止まってみる人

たくさんのはじまりの4

きっと良寛さんは

今、どんなに美しく輝いていても散るものは散る

それまでの時を如何に生きるか

それが大切だと言っているのだと思う

 

頑張れとは決して言わない

頑張ることは当たり前だと思うから

でも、楽しんでやってみて

と、自分に問いかけてみる

そんな3月の終わりに長い長い独り言

 

令和四年 散る桜、やっぱり好きだ、散る桜